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東京地方裁判所 平成7年(刑わ)1164号 判決 1996年3月06日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中一九〇日を刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

第一  被告人は、宗教法人オウム真理教(以下、「教団」という。)代表者AことB、教団所属のC、Dらと共謀の上、いずれも厚生大臣から医薬品製造業の許可を受けた者でないのに、平成六年一一月上旬ころから平成七年二月中旬ころまでの間、山梨県西八代郡《番地略》所在のクシティガルバ棟及び同番地の一所在のジーヴァカ棟とそれぞれ称する教団施設内において、エチルマロン酸ジエチルエステル、二-ブロモペンタン、チオ尿素及び金属ナトリウム等を用いてチオペンタールナトリウムを合成した上、これに炭酸ナトリウムを加えて、医薬品である注射用チオペンタールナトリウム約一七〇〇グラムを業として製造した。

第二  被告人は、前記B、C、D及び教団所属のE子、Fらと共謀の上、麻薬であるメスカリン硫酸塩の製造を企て、平成六年一二月下旬ころから平成七年三月上旬ころまでの間、前記クシティガルバ棟及びジーヴァカ棟において、三・四・五-トリメトキシベンズアルデヒドを原料とし、これにニトロメタンを反応させるなどして、三・四・五-トリメトキシ-β-ニトロスチレンを合成し、これに水素化リチウムアルミニウム、硫酸エーテルを反応させるなどして、麻薬であるメスカリン硫酸塩粉末約三〇〇〇グラムをみだりに製造した。

第三  被告人は、近く教団施設に対して警察の捜索差押え等が実施されることを聞き知り、Dが罰金以上の刑に当たる罪を犯した者であることを知りながら、Dの逮捕を免れさせる目的で、平成七年三月二〇日から同年四月一七日ころまでの間、教団の乗用車や自ら借り受けたレンタカーにDを乗せて運転し、前記クシティガルバ棟付近路上から静岡県磐田市、浜松市、愛知県豊橋市、奈良県吉野郡下北山村、東京都港区等を転々としてDを逃走させたほか、自ら宿泊手続をとった茨城県土浦市《番地略》所在のホテル甲野客室や自ら賃借した岐阜県美濃加茂市《番地略》所在の乙山ステーションコア八〇六号室等にDを宿泊させて、犯人を隠避させるとともに蔵匿した。

(証拠)《略》

(補足説明)

一  被告人は、注射用チオペンタールナトリウム(以下、「チオペンタール」ともいう。)の製造に関与したのは、平成六年一二月下旬ころから平成七年一月下旬ころまでの間であり、メスカリン硫酸塩(以下、「メスカリン」ともいう。)の製造に関与したのは、平成七年一月下旬ころから三月上旬ころまでの間であると供述する。確かに、被告人がチオペンタールとメスカリンの製造に現実に関与した時期は、その供述するとおりと認められるが、以下に説示するように、犯罪事実欄に記載した期間の製造について責任を免れない。

二  すなわち、前掲の関係証拠によれば、次の事実が認められる。

1  まず、チオペンタールの製造については、教団内において麻酔剤を非医療目的で大量使用していたところから、教団代表者Bの指示により、アモバルビタールナトリウムの製造と同様に、全身麻酔薬であるチオペンタールの大量密造を企てることになった。そこで、教団幹部のC、Dやその部下のG子らが、平成六年一一月上旬ころから、クシティガルバ棟とジーヴァカ棟において、既に教団内での実験で一応確立されていたチオペンタールの製造工程に基づき、原料となる薬品類を効率よく反応させ、かつ、収量を増加させるため、反応温度、PH値、反応量等の反応条件を検討しながら、チオペンタールの量産を開始し、同年一二月下旬ころまでに約一〇〇〇グラムを製造した。Cらは、教団内で化学薬品類の研究、合成を行う厚生省と称する部署に所属していたが、この厚生省が、平成六年一二月上旬ころにCを大臣とする第一厚生省とDを大臣とする第二厚生省とに分かれた後、第一厚生省に属することになったG子らの反応条件についての検討結果を踏まえて、第二厚生省がチオペンタールの量産を引き継ぎ、平成七年二月中旬ころまでの間に、クシティガルバ棟において少なくとも合計約七〇〇グラムを製造した。

2  また、メスカリンの製造については、Bが教団の宗教儀式に使用するため、幻覚作用のある薬物で製造可能なものはすべて製造するようCらに命じたことを受け、Cの部下であるE子は、Cの指示に従い、平成六年一二月上旬ころから同月下旬ころまでジーヴァカ棟においてメスカリンの製造実験を行い、標準サンプルの合成に成功した。そこで、Cは、このことをBに報告するとともに、E子に対してメスカリン三キログラムの製造を指示した。Eは、平成六年一二月下旬ころ、場所をクシティガルバ棟に移し、Dらの協力を得ながら実験を継続した結果、平成七年一月中旬ころメスカリンの製造工程を確立し、これに基づいて、同月下旬ころから、Dの部下である被告人らとともにメスカリンの量産を開始し、同年三月上旬ころまでの間に約三〇〇〇グラムを製造した。

3  ところで、被告人は、チオペンタールの量産が始まった平成六年一一月以前に教団のいわゆる出家信者となって、平成六年一二月初めころから、Dの指示の下にクシティガルバ棟でアモバルビタールナトリウムの製造に取り組んでいたが、第二厚生省に所属した関係で、同月下旬ころ、クシティガルバ棟でのチオペンタールの量産に加わった。そして、平成七年一月下旬ころから、Dの指示により同じクシティガルバ棟でメスカリンの製造に従事するようになった。

三  以上のとおり、チオペンタールにしてもメスカリンにしても、その他の薬物と同様に、教団内で使用する目的で、教団代表者B及び教団幹部の指示に従って大量密造が企てられ、それぞれの製造実験を通じて確立された製造工程に基づき、教団信者らが役割分担をしながら継続的に製造したものである。かねてから教団の出家信者であった被告人は、チオペンタールの製造に関与する以前に、同様の薬物であるアモバルビタールナトリウムの製造に取り組んでおり、それをやめたのはチオペンタールの製造に関与するためであり、チオペンタールの製造から外れたのもメスカリンの製造に従事するためにほかならない。要するに、被告人は、教団の一連の薬物密造計画の一員となり、その過程で被告人の担当が変更になったにすぎない。そして、被告人は、指示されるまま、従前におけるG子らの反応条件についての検討結果を踏まえた製造工程を引き継いで、チオペンタールの製造に関与し、メスカリンについても、同様にE子らが確立した製造工程に基づいて製造に従事したのである。そうすると、被告人が現実に関与する以前の製造についても、承継的共同正犯として刑事責任を負うべきであり、被告人が現実に製造から外れたからといって、共同正犯から離脱したとすることもできない。

(法令の適用)

以下における「刑法」とは、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により、同法律による改正前のものをいう。

罰条

第一の行為 包括して刑法六〇条、薬事法八四条二号、一二条一項

第二の行為 包括して刑法六〇条、麻薬及び向精神薬取締法六五条一項一号

第三の行為 包括して刑法一〇三条

刑種の選択 第一、第三の罪についていずれも懲役刑

併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い麻薬及び向精神薬取締法違反の罪の刑に加重)

未決勾留日数の算入 刑法二一条

(量刑の理由)

一  本件は、教団に所属していた被告人が、教団幹部らと共謀の上、注射用チオペンタールナトリウム約一七〇〇グラムを製造した薬事法違反、麻薬であるメスカリン硫酸塩約三〇〇〇グラムを製造した麻薬及び向精神薬取締法違反の各事案とDを隠避させ、蔵匿した事案である。

二  まず、薬事法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反についてみると、チオペンタールは呼吸停止等の副作用がある医薬品であり、メスカリンに至っては有害な麻薬そのものであるが、これらの薬物を製造するに至った経緯は次のとおりである。

教団では、麻酔分析にヒントを得て、教義等に疑問を抱いている信者の選別や信者への教義の定着度を確認したりするための手段として、チオペンタール等を購入して使用していたが、次第に使用量が多くなって、外部から怪しまれずに購入を継続することが困難となったため、チオペンタールの製造を企てた。また、このころ、Bの霊的なエネルギーや経験を授けると称する儀式において、信者に薬物を摂取させて幻覚等を体験させ、これによって信者を獲得し信仰心を強化するという方針をとっており、その一環として、幻覚物質であるメスカリンの製造を企てた。いずれの薬物についても、教団のダミー会社を通じて購入した薬品類や器具等を用い、周到な実験を重ねてノウハウを確立した。これらの薬物の量産は、教団内の厚生省(厚生省が第一厚生省と第二厚生省とに分かれた後は、第二厚生省)が担当した。

このように、製造のきっかけは、およそ医療とは無縁であり、薬物の害悪を一顧だにせず、薬物を摂取させられる者たちの人間性を全く無視したものであって、厳しく非難されなければならない。犯行態様も、計画的であるばかりか、教団ぐるみの組織的なものである上、製造量は、チオぺンタールが約一七〇〇グラム、メスカリンが約三〇〇〇グラムに及び、甚だ多いのであって、極めて悪質な犯行である。

被告人は、平成六年一二月下旬ころから、チオペンタールの遊離酸の合成工程を主に担当し、平成七年一月下旬ころからは、メスカリン製造の全工程を担当していて、それぞれの製造の不可欠で重要な部分に関与しており、その果たした役割は大きい。特に、チオペンタールの遊離酸の合成に当たっては、二酸化炭素の吹き込みの効率を上げる方法を考案し、メスカリンの製造に当たっても、分液処理に関して積極的に提案をするなどしている。

三  次に、犯人隠避・蔵匿についてみると、被告人は、本件麻薬製造等の真相を解明する上で重要な立場にあるDを、自ら借りたレンタカーに同乗させて運転したり、自らホテルやキャンプ場等の宿泊手続をしたほか、Dの隠れ家としてマンションの手配をしてかくまうなど、様々な手段で長期間にわたって逃走させ、捜査に多大な悪影響を与えたのであって、軽視することのできない犯行である。

四  以上のような事情に加え、いずれの犯行も、その違法性を十分認識しながら、教団の教義やBら教団幹部の指示に従うことのみを絶対視した上でのものであり、法を遵守しようとする態度に欠けていることを併せ考えると、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

五  他方、被告人は、教団幹部に指示されるまま各犯行に関与したにすぎず、従属的な立場にあったこと、チオペンタールとメスカリンの製造については、核心的なノウハウの考案には関係していないこと、犯行を率直に認め、犯行の背後にある教団を脱退し、教団とは今後かかわりを持たない旨公判廷で述べて反省の情を示していること、前科前歴がないことなど、被告人のために酌むべき事情が認められる。

六  しかし、これらの酌むべき諸点を考慮しても、前記のような刑事責任の重さに照らすと、被告人を主文の実刑に処するのが相当である。

(出席した検察官 石橋基耀、山本幸博)

(裁判長裁判官 山田利夫 裁判官 大熊一之 裁判官 西野吾一)

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